コバエ対策
コバエが最近煩わしくなっていた。
近くを飛んでいるところを見つけると手で叩き潰し、案外命中率が高いことを喜んでいたが、コバエホイホイにかかっているおびただしい数のハエ、そして生きたハエがその死者の丘を嬉々として闊歩し、また元気に飛んでいくまでの一部始終をみてしまった。
ハエがまだ元気に部屋中を飛び回っている。
ハエを潰せたことをのんきに喜んでいる場合ではなかったと思い、心当たりを探った。
心当たりはあった。
一ヶ月間留学にいく前にすら掃除しなかった風呂場。
チョウバエはそこからくるという。
暗い、汚い水の中に浮かぶヘドロに卵を何百個と産み付けるらしい。
ホイホイにかかっていたハエはチョウバエではなさそうだったが、いずれにしてもコバエの飛び回る部屋でおちおち眠れず、私は重い腰を上げた。
私は計画を頭の中で練った。
まず、熱湯を1リットルほど沸かし、それをまず排水口にかけることでコバエやその卵に一時的なダメージを与え、殺すまでは行かなくとも気絶ぐらいはさせられるだろうと私は踏んだ。
そこを歯ブラシと洗剤で洗い流し、死骸やヘドロなどの有機体はキッチンペーパーで拭き取り、捨てる。
最後はパイプユニッシュを流し、完全に浄化する。
これでいける、と私は確信し、汚れてもいい服に着替え、ゴム手袋をして、ズボンの裾を捲り上げ、恐る恐る排水口の蓋を外した。
私は私を待ち構えているだろう光景を見るのが恐ろしくて、すぐさまティファールで沸かした熱湯を降り注いだ。
私のメガネは一瞬で曇った。しかし曇ったメガネを通しても汚れが一瞬で分解され、元の白いプラスチックが顔を表すのがみて取れた。おかげで私は一番汚い状態を見ずに済んだのである。
しかしメガネの曇りが引くとともに私は別の驚きに直面した。
何もないのである。
コバエの卵も、幼虫もヘドロも見当たらなかった。
もちろん汚れてはいたが、自分の思っていたような地獄絵図では全くなかったのである。
自分の髪の毛もほぼなく、私は拍子抜けした。
私はとりあえず計画通りに洗剤を入れて歯ブラシで汚れを落とす作業に入った。
汚れは確かに落ちていく。
でも元があまり汚れていなかったことは明らかだ。
パイプユニッシュを数日前にやったからか。
私は排水口周りだけでなく、床も掃除し始めた。
やっぱり埃がすごく溜まっていて、元の床が見えるとこんなに綺麗だったのかとびっくりした。シャワーで汚れを流しながら歯ブラシでこすった。
しかしハエに関するものはやっぱり何もない。
綺麗になった風呂場が嬉しかったが、それでもモヤモヤが残った。
この掃除で出た少しのゴミをゴミ袋に捨てた。
そこで生ゴミも一緒に出してしまおうと生ゴミの袋を蓋つきのゴミ箱から取り出した。
するとすごい臭いがした。
私の使用済み生理用ナプキン、バナナやオレンジの皮、卵の殻。
そういえばここ最近はやばいものしか捨てていなかった。
それをさっきのゴミ袋に入れると、ふと見たら生ゴミの袋の中でコバエがうごめいていた。
ああ、こっちだったのか。
私はエイリアンの映画でエイリアンを宇宙空間へ放出することに成功した主人公のような気分で、それを夜のゴミ置場に持って行った。
これで当分は大丈夫だ。
私はまだ春だから、と油断していた。
しかし油断は禁物。これからは生ゴミは毎日大学に捨てに行こうと強く思った。