怖かった明日
今日がいよいよプレゼンもリーディングもあったし怖いと思っていた日の中の一つだったが、まあどうにかなった。
母親は推薦で大学に入ったからセンター試験、二次試験なんて受けたことない。それなのに「この大学はレベルが低すぎるからダメ」と、大学のパンフレットを無料で取り寄せただけでもすごい剣幕で怒った。しかもそんな口を叩いておいて、塾にも通わせてくれなかった。私は学校の勉強だけで受験に挑んだ。
母親はマーチレベルの地味な公立学校にチンケなプライドを持っていて、かわいそうだった。中卒、高卒の間で働いていたから、大学の卒業証書を壁に貼って、まるで自分は違うんだというようにアピールしていた。
母親が介護の仕事しか見つけられなかったのは母親自身の責任だ。他の誰の責任でもないし、ましてや娘の私の責任ではさらさらない。そしてそのストレスをぶつけられた私、あの怖い家に毎日帰らなければいけなかった私。私がその当時父親と話すことができていたら、多分違った結果になっていたんだろう。それも母親のせいだ。母親は離婚してから12年間私と父親を会わせてくれなかった。彼女の自己中心さのために私は父親の愛を奪われた。父親が私にくれたはずの知識、機会、精神的安定を失った。
母親は私を深く傷つけた。私の将来を深く傷つけた。
そして私から父親を、家族の幸せを、全てを奪って母親は首をつった。
なんの謝罪も遺書もなく。
彼女は明らかに母親になる準備と忍耐、そして精神的安定を欠いていた。
警察は母親の味方をして、私を宿無しにした。
あいつらはどんな顔をしただろうね?母親の首吊り死体を発見した時。
あの無礼な警察官。彼がどんなに母親に味方してやったって、どんなに私を責め立てたって、結局母親は自らの手で死んだんだ。私が手を下すことなく。あいつは私を逮捕も拘留もできやしない。
私は自由だ。
私は母親が身を削って貯めた金を、なんの苦もなく貰い受ける。母親のいない平和な家に戻って暮らせる。将来の介護からも解放された。
私は勝ったんだ。私は母親との何年にも及ぶ戦争で、勝ったんだ。私はスタイルもいいし、彼氏もいるし、友達もいるし、自分のことが好きだし、芸人の名言を壁中に貼ったりする必要もない。私は孤独にならない方法を知っている。私は周りの人に助けを求める方法を知っている。学歴だって母親のは楽々超えた。いつも「超えてみろ」って勝ち誇って言ってたくせに。どうだ。あんたの学歴なんてゴミなんだよ。そんなゴミみたいな学歴にプライド持ってるあんたがおかしいんだよ。所詮あんたには技能がないから介護職してたんだろうが。テレフォンオペレーターとか。それに資格も何もないあんたは高卒・中卒ぐらいの市場価値しかないってわけだよ。それを受け入れられないあんたが悪いんだよ。
これだからバブルの時に就職した人間は。苦労を知らないんだ。
大学でも全く勉強しなかったくせに。
当然の報いだ。
あんたの死体はね、警察庁の一室で他の死体と一緒に一日置かれてたんだよ。
だからあんたの顔は葬式であんなにひどい顔になってたんだよ。
あれほど死人らしい顔を私は見たことなかったよ。
お父さんがあんたの顔見に行った時泣いてたらしいよ。
でもね、あんたの受けたことは当然の報いだよ。
父親と話そうとすることだってできたはずじゃないか。
あんたは虫が良すぎるんだよ。
あんたがくれた白々しい誕生日プレゼントのぬいぐるみ、首つった部屋の上の階においてあるよ。
私の部屋に。
あそこで寝るとあんまりよく寝れないから今後泊まったりはしないと思うけど。
あんたの人生って所詮そんなもんよ。
多分ネットかどっかで買った、全く思い入れも何もないプーさんのぬいぐるみを、あんたは私にあげようと思ったんだよ。形式的な仲直りのために。
なんでもいいと思ったんでしょ。
私はぬいぐるみなんてこれっぽっちも好きじゃないのに。あんな安っぽいぬいぐるみは特に嫌いだ。
あれ気味悪いから今度捨てるわ。
あんたの写真全部手当たり次第捨てるわ。
あんたの顔思い出したくもないから。
あんたの置き去りにしたハムスター、私が毎日面倒見てるんだよ。
あんたはハムスターの健康すら顧みなかったね?
ミックスフードはハムスターが好き嫌いするから健康に悪いんだよ。
だから私がちゃんとしたペレット買ってさ、毎日人参与えてさ、健康管理してるんだよ。
おかげで全然太ってないし、お腹もハゲてない。
もし病気になったら、お前の残した金で獣医に連れてくから。
あんたはもったいないって言って絶対獣医には連れて行かなかったけど。
あんたがイトーヨーカドーのネットスーパーで送料無料にするために無駄に買った分の金があったらハムスター一匹の治療費なんて払えただろうに。
賞味期限切れ間近の変な味のソフトドリンクを箱買いしやがって。自分でも飲まないくせに。
あれ全部おばさんとおじさんが捨てたよ。冷蔵庫の中身も。
水道水を2Lのペットボトルにためてたよね。おばさんがマジでひいてて私は恥ずかしかった。
あんたは自分の虫歯の治療費さえ惜しんで歯医者に行かなかったね。
私に歯の矯正までさせて。
あんたおかしいよ。
これは客観的にみておかしいと思う。あんたは論理的じゃなかった。
わかった。あんた金銭のマネジメントができてなかったんだよ。
それが敗因の一つだよ。
小学校に馬鹿高い金かけたあんたが悪かったんだよ。
私はそこに入れてくれなんて一言も言ってなかったのに。
あんたには想像力がなかったんだよ。
私はあんたの敗因全部知ってる。
いつか自殺するんじゃないかってずっと思ってたよ。
私の予測は見事的中。
私も自殺するかもしれないけどね、後追いとかじゃないよ。
単に人生の苦しみに耐えられないだけだよ。
でもね、そこまでの道のりをあんたみたいにごまかしたりはしない。
気まぐれでハムスターなんて買ってこない。
私はあんたとは違うんだよ。
私は弱いかもしれないけどね、あんたみたいに甘ったれてないんだよ。
あんたみたいにね、自分を必要としてくれる人間がいないばっかりに自分の子供を父親と会わせないなんてことはしないんだよ。私は。
私は思春期を曲がりなりにも乗り越えた。あんたは更年期が超えられなかったね。
あんたの若さにはそもそもゴミほどの価値もなかったくせに。
お父さん以外の人と付き合ったことなかったくせに。
あんたはそもそもセレクションという大切なステップを踏まなかったんだ。
お見合いでもいくらでも方法はあったはずなのに、父親と結婚した。
その時点でバカだよな。
私はあんたとは違うからもう何人とも付き合ってる。
私はちゃんと何を相手に求めてるか把握してるんだよ。
今考えてもあんたの部屋に入った時の閉塞感はやばかった。
あんたが残した写真とか今どこにあるのか知らないけど、私が全部捨てとくよ。
あんたがいた証拠を全部抹殺してやる。
それでね、あんたのことも次第に忘れていくよ。
今すぐは無理だけど、一年、五年、10年と経っていくうちにね、あんたの顔とか声とか忘れてやるよ。
私はあんたのこと見てきたから子供なんて一生産まない。
子供なんて一生欲しくないけど、私はちゃんと幸せになってやる。
結婚して、合わなかったら離婚して、
私は日本人で若く見えるから外人だったらいくらでも付き合える。
子供を産まなけりゃ傷つけることもない。
私は死ぬまで女でいるんだ。母親じゃなくて。
私は死ぬまで自分らしく生きるよ。
私は自分らしさがなんなのか、わかってるから。
そういえばあんたの流産した子供の命日、もう誰も覚えてないんだね。
私も知らない。あんたはカレンダーに書いてたけど。
あんたの命日も誕生日も、多分数年したら忘れてる。
私がまだ未成年の時に自殺しやがって。私に迷惑かけるために死んだのか。このクソ野郎。
あんたの母親がいらんことをしたばっかりに私は後見人を自分の金で立てなきゃいけなくなった。このやろう、マジ死ね。