今日は雨

雨だと何だか嬉しいですね。

また台風が来るみたいなことを友達のお母さんがメールで送って来ましたが。

何でこんなに満たされない気持ちなんでしょう。

勉強もしたくないし、頭も使いたくないけど、

漫画や本を読む集中力もないし、ボランティア活動にも手を出したくない。

今まで家でゴロゴロするのはいやだったんですが、最近だとゴロゴロするのが心地よくなって来ました。

何もしない。どこにもいかない。

これぞバケーションというものじゃないでしょうか。

旅行なんてのは、結局観光だの食事の時間だの入浴だの、大変なんです。

本当に疲れてる時はいかない方がいいんです。

家から一歩も出ず何にもしないことが一番安らかです。

でも今回の本題は、なぜ私たちが何をどうしても一向に満たされないのかということです。

何か願いが叶っても、たとえそれが良いことだとしても、

嬉しさは一過性のものに過ぎなくて、結局は元いた幸せレベルに引き摺り下ろされる。

結局前と変わらない。

逆に願いが叶わないとずーっと痛みが続く。

これはもう何も願わないということが大事なんです。

意識して、何も願わないことが大事です。

「仕方ない」という言葉がありますが、

何が起きても、「ドッキリだから仕方ない」

「むしろ予想していなかった変なことが起きるかもしれない」

という意識を保つべきですね。

さっきの記事で私は、「衣食住に困りたくない」

「適当に就職したい」と言いましたが、

「いいところに就職できなくても仕方ない」

「衣食住に困っても仕方ない、受け入れよう」

「どんな変な不条理なことがあっても仕方ない」

という意識を頭に叩き込むことが重要です。

 

 

今まで、不本意ながらも生きながらえて来た被験体の一人です。

私は決して、ドッキリに参加はしたくなかったんですが、退場できなかったので不本意ながらも参加中という状況です。

私は今まで色々なドッキリにあって来ました。

辛くて、死にたくなるものばっかりでした。

これからも、辛くて死にたくなる思いを数え切れないほどしていくんでしょう。

でも、私はもう仕方ないと割り切りたいと思っています。

飢え死にさせるんだったらさせてください。逆にめちゃくちゃ太らせるんだったら太らせてください。私がそれに抵抗してできることなんてほぼないので、好きにしてください。

仕掛け人がバカにして来るかもしれません。今度グループディスカッションでまた意見を聞き入れてもらえないかもしれません。

傷つけられると思います。

仕方ありません。私は傷つくのがいやですが、そんなことを言ったってやめてもらえるはずないのです。

いや、私にとって一番傷つくのは、意見を聞いてもらえないこと、自分を軽んじられることです。

意見を聞いてほしい。自分を大切にしてほしい。

それだったらやっぱり自分の得意な業界に入るのが賢明です。

薄給でも、激務でも、自分の意見を大切にしてくれる企業がいいなあと思います。

あとは、社内政治が激しくないところ。

人数が少ないところだといいのかもしれませんね。

出会い系サイトをやっても、全然いい人はいないし、そこにいる男たちのブサイクっぷり、バカっぷりに閉口する。

うんざりしてるんだよね。私は。

でも自分の稼いだ金でパンとか買えるのは嬉しいかもね。

人の少ない翻訳事務所で働くとか。

いいんじゃないのかな。

なんかそういう虐げられてる人とか、弱小のところに肩入れしたくなっちゃうんだよね。

もうこれは小さい頃からの癖なんだ。

どうしようもないんだ。

就活で受ける企業決める。

それどこも落ちたらしゃーないからindeedで探して就職する。

もし満足のいく卒論が書けたら、もしくはやりたいことがあれば、進学していい。