幻想朝食
K君は目を覚ました。
「K君、おはよう!」
私はピンクの細い線の入った白いブラウスと、グレーの膝丈のスカートを履いていた。
その上に白いエプロンをし、腕には朝食のお盆を掲げていた。
お盆には湯気が出るほど熱いコーヒーが一杯と、皿に乗ったハムとチーズのホットサンド。小皿に載せたオレンジ一切れ。
あたりは朝食のすばらしくフレッシュな匂いがしていた。
彼は寝起きで目をしょぼしょぼさせていた。たっぷり9時間も寝ていたのだ。彼はゆっくりとベッドから身を起こした。
私は彼の膝元にお盆を置いた。
「どうぞ召し上がれ!お腹空いてるでしょう」
彼は目をぱちくりさせるばかりだった。布団がかけられていたし、なにより両手の自由がきくことに驚いているようだった。
彼は私の顔を見つめた。
私は何も知らないような顔をすることに努めた。
「チャンピオンの朝食よ」
彼は手元の食べ物をみて、とりあえずコーヒーに手を伸ばした。匂いを嗅いでから少しずつすすった。私は丸椅子に座り、病院に見舞いに来た客のようにかしこまって足を閉じて座っていた。
私は彼がコーヒーが好きなのを知っていた。大学でコーヒーが売っていると金がなくても必ず買ってしまうのだとこぼしていた。
私の用意したこれはアフリカの国から輸入したものだった。私が徹夜明けに飲んでいたものと同じ。フルーティな酸味が特徴らしいが、私はコーヒーが嫌いなので違いがわからない。でもこれが彼の好きなコーヒーらしかったので、私はそれを買っておいたのだ。
彼は思わずため息をした。怪訝な目線をこちらに送りながらもう少しすすった。
次に手でホットサンドをとるとおそるおそる口に運んだ。
「おいしい?」
彼が食べ物を口にするのは久しぶりに違いなかった。彼は頷きながら黙って咀嚼した。
がっついている様子はなかった。あれだけ細いと普段からあまり食べないのだろう。
お盆をひっくり返して私の首に飛びかかってくるかもしれないと思っていたが、杞憂だったみたいだ。
彼の足はベッドの足にかなりあそびをもたせて柔らかい素材でつないでおいたが、彼はそれにまだ気づいていないようだった。
私は昨晩これらの準備を終えた後Kくんのベッドの下で寝袋で寝た。そのせいか体の節々が痛かった。しかしKくんがものを食べるところを初めて見れるのは嬉しかった。一緒に飲んだときは何も食べようとしなかった。それ以前は全く一緒に食事などしたことがなかった。白いシーツの中で完璧な朝食をとる彼はまるでコマーシャルに出てくる女優のようだった。外が朝ではなく夜の7時であり、朝日で彼の顔を照らせず冷たい蛍光灯のライティングしかないことだけが残念だった。小さな窓にはカーテンをひいておいた。
「ホットサンドメーカーで久しぶりに作ったの、気に入ってもらえてよかった」
彼はなんだかんだでホットサンドを完食した。
「…昨日、なんか俺寝ちゃってごめん。今日、何日だっけ?」彼はオレンジを食べながらさりげなく聞いた。
彼はどうやら私の作り出したありえない虚構を信じてくれたみたいだ。
「ええっとね、うーん、わかんないや」
私は携帯を見ようとさえせずに答えた。
「それよりK君、チョコ食べる?」
私は銀紙に包まれた丸いスイスチョコレートをエプロンのポケットから取り出し、包み紙を剥ぎ取った。
私はそれをくわえて、彼の顔に口を近づけた。
彼は戸惑い、何もしようとしなかった。
「ほら、とけひゃう。はやふひて」私はくわえたままの口で彼を急かした。
彼は私に顔を近づけ、チョコレートを口で受け取ってくれた。
私はそのまま舌を彼の唇にすべりこませた。彼は応じた。
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あるSF作家が言ってました。
SFとポルノに共通するものはありえないほど優しく快適な世界の幻想なのだと…